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入通院慰謝料と後遺障害

目次

入通院慰謝料と後遺障害

(1)むち打ち損傷と入通院慰謝料

別表ⅠとⅡの存在

『民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準』(通称『赤い本』:訴訟におけるおよその賠償額算定基準が記載されている)では、入通院慰謝料の算定表として別表Ⅰと別表Ⅱという異なる2つの表が掲載されており、低い金額が記載されている別表Ⅱについては、「むち打ち症で他覚症状がない場合など」に使用するものとされています。

別表Ⅱの基準額は別表Ⅰに比べて低く設定されているのですが、その理由は、軽度の神経症状の場合には、受傷者の気質的な要因が影響して、入通院期間が長引いていることが少なくないことによるものとされています。別表Ⅰと別表Ⅱのいずれが参照されるかは、交通事故のためむち打ち損傷を受けた方にとって、損害賠償額に大きな違いをもたらす重大なポイントです。では、他覚症状がないかどうかは、具体的にどのように判断すればよいのでしょうか。

MRI

他覚症状の考え方

ここにいう他覚症状とは、レントゲンやMRI等の画像上の所見のみを指すとする見解もありますが、保険実務上は、理学的検査、神経学的検査、臨床検査、画像検査等により認められる異常所見も他覚症状に含まれるとされていますから、損害賠償請求において他覚症状の存在を主張する際は、画像所見だけでなく検査等による異常所見※1の存在も併せて主張すべきです。

実務の現場では

軽度の神経症状の場合、裁判例では、別表Ⅱ基準に近い金額、または同基準を下回る金額をもって慰謝料額を認定しているものが多く、別表Ⅰに近い基準で認定されている事案でも、別途慰謝料増額事由が存在することを考慮した結果であるものが多数です。また後述するように局部の神経症状(12級・14級)が残存するとして、後遺障害等級認定を受けたものについても、裁判例では別表Ⅱ基準と同程度の通院慰謝料しか認めないものが相当程度存在しておりますので、「神経症状による後遺障害認定を受けた場合=別表Ⅰの適用」となるわけではありません。

被害者としては、他覚症状がない場合でも、自覚症状がある場合は別表Ⅰ基準の適用を主張したいところですが、訴訟になった場合、症状の原因が事故にあることを証明する責任は被害者側にありますので、実務上は症状の原因を説明できない以上、控えめに算定せざるを得ないのが実情です。訴訟になった場合ですらこのような状態ですので、それ以前の任意交渉の段階では、むち打ち損傷に該当する病名が診断書に記載されているだけで、保険会社は別表Ⅱの適用を当然のように主張してくるのが通常です。

どのように考え、交渉すべきか

以上のとおり、加害者側はむち打ち損傷の被害者の方の事案では、基本的に別表Ⅱの適用を主張してくるのが実情です。しかしながら、画像所見等の他覚症状によって、むち打ち損傷による神経症状等の発生、およびその治療に必要な相当期間を医学的に証明できるのであれば、上記の別表Ⅱの基準を適用すべき理由はありません。

ですから、むち打ち損傷を負っておられる方は、加害者側の別表Ⅱの主張に対しては、他覚症状が存在することをMRI画像、診断書等の根拠をもって主張し、別表Ⅰ基準での慰謝料が認められてしかるべきとのスタンスで交渉すべきです。

※1 もっとも他覚症状であっても、客観的な画像所見と、医師ごとに判断が異なる可能性のある医学的検査所見とでは、その証明力・信用性に違いがありますので、神経学的検査結果に異常があったからといって、それだけで神経症状の存在を完全に裏づけることができるわけではありません。

(2)むち打ち損傷と後遺障害

後遺障害等級は何級に認定される可能性があるのか

むち打ち損傷については、受傷後の治療によって症状が治癒するケースが多数を占めています。
最高裁判例でも、事故の衝撃の程度が軽微であり、損傷が頸部の軟部組織に止まっている場合には、適切な治療を施すことにより、長くとも2~3ヵ月以内に通常の生活に戻ることができると判示されています。

もっとも、むち打ち損傷による症状は多様であり、半年以上にわたって治療を行っても症状が完全には治癒せず、ある程度の症状(後遺症)が残ってしまうケースも少なくありません。
このようなケースについては、症状の改善が見込めなくなった一定の段階(この段階のことを「症状固定」といいます)で、残存している症状について、自賠責保険による後遺障害の等級認定を受けることを検討する必要があります。

むち打ち損傷による後遺障害については、後遺障害等級表上では、「局部に頑固な神経症状を残すもの(12級13号)」または「局部に神経症状を残すもの(14級9号)」という等級に該当する可能性がありますが、むち打ち損傷による後遺症であれば、必ず上記いずれかの等級に該当するということではなく、後遺症はあるが後遺障害の等級認定にまでは至らない程度に止まっているとして非該当とされる場合もありますので注意が必要です。

12級と14級の認定要件は何か

後遺障害等級の12級13号と14級9号は、後遺障害等級表の文言上では、症状が頑固かどうかという、症状の程度に着目した区別がなされておりますが、この記載だけでは具体的な区別は不明確です。
この点、自賠責保険が準拠する労災補償の「神経系統の機能又は精神の障害に関する障害等級認定基準」では、12級13号に該当する障害は、その障害により「通常の労務に服することはでき、職種制限も認められないが、時には労務に支障が生じる場合があるもの」、14級9号に該当する障害は、「12級よりも軽度のものが該当するものであること」という形で両者を区別していますが、この記載についても、労務に対する支障の程度に関する、具体的な基準まで定められていないことから、やはり基準としては不明確なものにとどまっています。

実際の自賠責保険の後遺障害等級認定実務では、障害の存在が医学的に証明できているものを12級13号、医学的に証明することができていなくても、障害の存在が医学的に説明できているものであれば14級9号とするとして区別し、障害の存在を医学的に証明できているかについては、神経症状が存在していることを裏づける、他覚症状の有無で判断しているとされています。

もっとも、他覚症状があるといっても、先述のように、客観的な画像所見がある場合と医学的検査所見しかない場合では、証明力・信用性に違いがありますし、むしろ、むち打ち損傷による後遺障害のケースであれば、画像所見以外の他覚症状によって、神経症状の存在を裏づけることは困難であることから、結局のところ、鑑定等の証拠調べ手続のない自賠責損害調査事務所における後遺障害等級認定の段階では、画像所見という資料の有無が、12級13号の認定判断に大きな影響を与えているといわざるを得ない状況にあります。

そこで、具体的にどのような場合に12級13号または14級9号が認定されるかですが、MRI画像により神経の圧迫が見られたり、後遺障害診断書において神経学的検査の陽性結果が出ていたりするなどの場合には、これらが自覚症状に対する他覚症状の裏づけ、すなわち医学的証明であるとして12級13号の認定がなされるとの見通しを立てることができます。
また、これに至らなくても、カルテ、主治医の意見書等により、受傷当初から患部に一貫して痛みが持続している状況が読み取れるならば、自覚症状が一貫しているということで、他覚症状が認められなくとも医学的説明がつくという理由で、14級9号が認定されるとの見通しを立てることができます。
ただし、後遺障害診断書に明確に他覚症状の記載があっても非該当となるなどの例は少なくなく、その場合は異議申立を検討するなどして適正な等級認定を求めていくべきです。

認定される等級と損害賠償額への影響

むち打ち損傷として12級13号または14級9号が認定された場合、後遺障害等級が認定された場合一般と同様に、後遺症慰謝料が12級13号であれば290万円相当、14級9号であれば110万円相当が裁判をしたならば認められる弁護士基準(裁判所基準)による目線であり、後遺症による逸失利益として、基礎年収額に労働能力喪失率(自賠法においては、12級13号であれば14パーセント、14級9号であれば5パーセント。ただし、訴訟になった場合この数値は裁判所を拘束するものではありませんので、裁判所はこの数値と異なる喪失率を判決において認定することが可能です)と、労働能力喪失期間に対応する中間利息控除係数を乗じた金額が、やはり弁護士基準による目線となります(一般的な計算方法については、当サイト「後遺症による逸失利益(後遺障害逸失利益)」および「後遺症慰謝料(後遺障害慰謝料)」のコンテンツにてご確認ください)。

これらの計算のうち、むち打ち損傷に特有な問題は、労働能力喪失期間の制限の問題です。以下で説明します。

むち打ち損傷における労働能力喪失期間の制限

労働能力喪失期間は、基本的に症状固定時から67歳までの期間、ただし症状固定時から67歳までの期間が、症状固定時から平均余命の2分の1の期間よりも短くなる方については、平均余命の2分の1の期間に応じて算出されます。

しかしながら、むち打ち損傷による後遺障害では、労働能力喪失期間が制限的に認定される裁判例が、多数存在する点に注意が必要です。
多くの裁判例では、むち打ち損傷の事案における労働能力喪失期間は、12級13号の場合で5年~10年程度、14級9号の場合で2年~5年程度の期間が一応の目安とされています。
これは、むち打ち損傷による後遺障害については、将来的な症状回復の可能性が認められることや、時間の経過に伴って就業上・生活上の支障が緩和される等の理由に基づくものです。

なお、上記の制限的な取扱いは絶対的なものではなく、『赤い本』でも「むち打ち症の場合では、12級で10年程度、14級で5年程度に制限する例が多く見られるが、後遺障害の具体的症状に応じて適宜判断すべきである」とされておりますので、長期間労働能力に影響を与えるであろう、個別的な事情があるのであれば、上記期間以上の労働能力喪失期間が、認定される場合もあるということになります。

以上が実務の状況であり、むち打ち損傷を負った方で12級13号または14級9号の認定を受けた方が後遺症による逸失利益を主張する場合、具体的状況によっては67歳までの労働能力喪失期間を主張する余地もありますが、12級であれば10年程度、14級であれば5年程度が裁判所の目線として妥当であるケースも少なくありません。加害者側との交渉においては、この点の理解を踏まえることが不可欠であるといえます。